こんにちは!久しぶりの手紙はブレーメンから!
今日は3年前のベテラン大会の様子を紹介したいと思います。
何年か前から世界のあちこちで行われていたのは聞いていたが、わざわざ遠くまで行かなくてもと思い、今まで参加したいなどと思ったこともなかった。
きっかけは2004年の横浜大会である。
ちょうど日本にも行くことにもなっていたので、毎回何百人もの日本人を世界中の大会に動員させるほどのものがどんなものか見てみたいと思ったのだ。
予想通りというか、予想に反してというか、その面白さはかなりのもので、会場にあった次はドイツで開催という案内パンフレットをしっかりと確保し、申し込み開始日を待ち焦がれたほどである。
そのドイツ大会に去年の今ごろ参加し、横浜大会に勝るとも劣らぬ楽しい体験をさせてもらった。
私が参加するアメリカの地方大会はたいてい学校の体育館が使われ、そこに用意される20〜30台くらいのテーブルで、200人ほどの老若男女が入り混じって腕を競う。 「クッソー、このヤロー」と競う緊張感は普段の練習では味わえないもので、十分面白いと思っていた。
ところがこのベテランズ大会はテーブル台数も参加人数も面白さも桁が違っていた。
120台のテーブルで3000人の参加者というのは私が参加した大会の中でもっとも大きな規模で、地図がなければたどり着けないところだった。テーブルのナンバーが順番に並んでいても目的地を探し当てるのに一苦労したほどだ。 そんな苦労もこの大会の魅力のひとつになる。
なんといっても2004年の横浜大会は私にとっての初体験だからインパクトは強く、生きていてよかったとさえ思ってしまうほど楽しかったが、それはまた次の機会に譲るとして、順不同だが先にドイツ大会で思い出すことを書きたいと思う。

ブレーメンの音楽隊
ブレーメンには有名なビールブランドにベックスというのがあり、アメリカでも販売されているが、そのブランドで私がブレーメンにいる間中飲みつづけたドリンクがあった。それは半分レモンソーダが入ったビールで、それがなかったら1日を締めくくれないほど私は夢中になり、名前も気に入って初めて覚えたこのドイツ語を頭に深く刻み込んだものだ。
ところが1年たった今日、そのドリンクの名前がどうしても思い出せないのである。
初恋の男の名前をどうしても思い出せないもどかしさに似ているような気がするが、あれほど夢中になったドリンクの名前を忘れたんだからこのブレーメンのこともいずれ忘れてしまうだろうから、その前に書いておきたいと思ったのだ。
さて、そのブレーメンで、
シングルスの予選リーグが1日目に4人のグループに分かれて行われ、2日目は上位2人が決勝リーグに進み、下位2人がコンソレーションリーグに進む。
つまり全員がシングルスだけで計6回も試合をすることができるのだ。
ここがこの大会の魅力のひとつだと思う。
団塊の世代の私の高校の時の大会はやたら選手数が多く、リーグ戦などという時間のかかる方式はあるはずもなく、勝ち抜き選で、1回負けたら終わりだった。 けれど同じクラブ員が勝ち進んだら帰りたくても帰れない。 試合というと今でも思い出すのが長ーい1日と30分ほどのみじかーい試合である。あの頃、勝ち進んで何回も試合できるようにもっと強くなりたいと心底思ったものだ。
私は最後の試合順番だったので早速対戦相手の腕の分析にこれ務め、ロシアから来たという彼女のバックハンドは強いが脇があいたフォアハンドに難があってあれなら私のほうがましかも、とかシェイクハンドの日本人対戦者は高く返ったボールを絶対と言っていいほどスマッシュしないし、してもパワーがないのでこれもいただき、などと考え、楽勝気分になった。スポーツは参加することに意義があるが、試合を目前の選手は勝つことに全力を尽くすはずだ。私はさらにその先を進み、上位入賞したら何か賞品が出るのかな、などと考えていた。観戦に来た夫に「勝てそうか?」と聞かれて「多分全員負かせると思う」と自信満々に答える。

ブレーメン世界ベテラン大会会場
ところが難があると思っていたロシア人のフォアハンドが私のフォアを攻め続け、それをうまく返せないのだ。確かに難はあるが私はそれさえ打ち返せないではないか。頼りにしていた日本人のシェ-クハンドも私の方が先にミスを出し、結果はなんと、最下位だった。
あとで夫が「勝てるといったじゃないか」と怒り狂ったが、そんなこと言われても負けたんだから仕方ない。「こんなの単なるゲームなんだからいいじゃないの」と帰りのブレーメン駅の立ち食いホットドッグをほうばりながら夫を必死になだめなければならなかった。「スポーツは参加することに意義があるんだからね!」ッと。でもこれってホントは負けた私が慰められる立場じゃないのかね?
2日目はコンソリデーションだ。
敗者復活戦のことをコンソリデーションと呼ぶのも負けたグループということを忘れさせてくれてなかなか良い。ここではかろうじてハンガリーの女性を負かすことができたためにここでの最下位はまぬかれた。 試合前に夢見た上位進出は誤算過ぎたが、はるかドイツにまで来て最下位の屈辱は避けたい。
やっと負けてくれたハンガリー人に心から感謝して歩いていると、なにやらひとつのテーブルの周りを囲んで黒山の人だかりが見える(選手はどちらもヨーロッパ系女性でブロンドの髪だったから黒山ではなく金山が正しい)。
人だかりの大きさからかなり大変な問題が起きたらしい。
比較的シンプルなスポーツである卓球の大会でこんな人だかりを見たのははじめてなので急遽野次馬に転向し、そのあたりにいた日本人に何が起こったのか聞いてみる。
彼女はその問題のテーブルで審判している日本人の知り合いなので、事情を知っていた。
何でもドイツ人の選手のサービスがネットをかすったので日本人の審判がレットを表明したのだが、そのときすでに勝ちポイントを上げていたドイツ人は今のはレットではない、と言い張ったということが揉め事の発端らしい。野球などでも時々選手や監督が審判に抗議するのを見るが、先の審判を翻すところは見たことがない。卓球は速いスポーツなのでレット表明を早くしないとポイントが終わってしまうこともあるだろうが、最後は審判の言うことを聞かなかったらいったいどこに審判の意味があるのかと日本人の私は思う。
だがドイツのような他国と地続きの国で譲り合いの精神など適用したら生きていけないのかもしれない。
おとなしい日本人審判はドイツ人の剣幕に押され、どうしていいかわからないという様子で身動きが取れないでこまっている時、揉め事対処委員会のような人がやってきて事情を聞いた結果、審判の言うことに従うのが当然、とあっけなく判断を下した。問題のシーンをビデオで再現できるならともかく、それがないんだからあたりまえだろうな。
こんなことでこんなに人だかりするのもベテランズ大会の特色かも知れない。直ちに試合は再開され、私もあとはホテルに戻るだけとひまがあったので問題の試合を最後まで見ることにした。相手はイギリス人である。
このドイツ人の気の強さはイギリスがおそれた第2次世界大戦前後のドイツの潜水艦Uボートのようだ。 それを迎え撃つおされ気味のイギリス人。
かなりの接戦で、応援する人たちも応酬するラリーを見守っている。
最終セットの中盤、ドイツ人の強打がネットを潜って相手テーブルに着地した。
そしてその時日本人審判がドイツ人にポイントを与えたのである。
一瞬の出来事で、よく見ていないとボールがネットの上を通ったのか、下を通ったのかわからないときが時々あるが、私はその瞬間を確かに見たし、見ていた多くのイギリス人も下を通ったと審判に抗議した。このとき同じように見ていたドイツ人選手およびその応援グループは石のように静まり返っていた。
あいにくその瞬間を見逃し、先ほどの揉め事で強く主張しなかったことを大いに後悔した日本人審判はイギリス人の抗議を一蹴し、ドイツ人へのポイントを変えなかった。 第2次大戦の日独同盟の手前、当然な動きかもしれない。 イギリス側は納得できずになおも抗議しつづけたが、審判の言葉にしぶしぶ従い、試合は続行された。
そして接戦ではあったが結局イギリス人が勝った。
頭に来たイギリス人の怒りが勝利につながったともいえるが、あの時もらってはいけない1点をもらったドイツ人の良心の呵責が相手に隙を与えたからではないかと私は思う。
いずれにせよ連合国のイギリスが勝って理由もなくホッとした。
中1日休みの後、4日目はダブルスだったが、これは次回に書かせていただきます。