Vol.8 ベテラン大会 フミ・クリステンセンさん


こんにちは!久しぶりの手紙はブレーメンから!

今日は3年前のベテラン大会の様子を紹介したいと思います。何年か前から世界のあちこちで行われていたのは聞いていたが、わざわざ遠くまで行かなくてもと思い、今まで参加したいなどと思ったこともなかった。きっかけは2004年の横浜大会である。ちょうど日本にも行くことにもなっていたので、毎回何百人もの日本人を世界中の大会に動員させるほどのものがどんなものか見てみたいと思ったのだ。

予想通りというか、予想に反してというか、その面白さはかなりのもので、会場にあった次はドイツで開催という案内パンフレットをしっかりと確保し、申し込み開始日を待ち焦がれたほどである。そのドイツ大会に去年の今ごろ参加し、横浜大会に勝るとも劣らぬ楽しい体験をさせてもらった。私が参加するアメリカの地方大会はたいてい学校の体育館が使われ、そこに用意される20~30台くらいのテーブルで、200人ほどの老若男女が入り混じっ て腕を競う。 「クッソー、このヤロー」と競う緊張感は普段の練習では味わえないもので、十分面白いと思っていた。

ところがこのベテランズ大会はテーブル台数も参加人数も面白さも桁が違っていた。120台のテーブルで3000人の参加者というのは私が
参加した大会の中でもっとも大きな規模で、地図がなければたどり着けないところだった。テーブルの ナンバーが順番に並んでいても目的地を探し当てるのに一苦労したほどだ。 そんな苦労もこの大会の魅力のひとつになる。

なんといっても2004年の横浜大会は私にとっての初体験だからインパクトは強く、生きていてよかったとさえ思ってしまうほど楽しかったが、それはまた次の機会に譲るとして、順不同だが先にドイツ大会で思い出すことを書きたいと思う。
ドイツ・ブレーメン
ブレーメンの音楽隊

ブレーメンには有名なビールブランドにベックスというのがあり、アメリカでも販売されているが、そのブランドで私がブレーメンにいる間中飲みつづけたドリンクがあった。それは半分レモンソーダが入ったビールで、それがなかったら1日を締めくくれないほど私は夢中になり、名前も気に入って初めて覚えたこの ドイツ語を頭に深く刻み込んだものだ。

ところが1年たった今日、そのドリンクの名前がどうしても思い出せないのである。初恋の男の名前をどうしても思い出せないもどかしさに似ているような気がするが、あれほど夢中になったドリンクの名前を忘れたんだからこのブレーメンのこともいずれ忘れてしまうだろうから、その前に書いておきたいと思ったのだ。

さて、そのブレーメンで、 シングルスの予選リーグが1日目に4人のグループに分かれて行われ、2日目は上位2人が決勝リーグに進み、下位2人がコンソレーションリーグに進む。つまり全員がシングルスだけで計6回も試合をすることができるのだ。ここがこの大会の魅力のひとつだと思う。

団塊の世代の私の高校の時の大会はやたら選手数が多く、リーグ戦などという時間のかかる方式はあるはずもなく、勝ち抜き選で、1回負けたら終わりだった。けれど同じクラブ員が勝ち進んだら帰りたくても帰れない。試合というと今でも思い出すのが長ーい1日と30分ほどのみじかーい試合である。あの頃、勝 ち進んで何回も試合できるようにもっと強くなりたいと心底思ったものだ。

私は最後の試合順番だったので早速対戦相手の腕の分析にこれ務め、ロシアから来たという彼女のバックハンドは強いが脇があいたフォアハンドに難があってあ れなら私のほうがましかも、とかシェイクハンドの日本人対戦者は高く返ったボールを絶対と言っていいほどスマッシュしないし、してもパワーがないのでこれ もいただき、などと考え、楽勝気分になった。スポーツは参加することに意義があるが、試合を目前の選手は勝つことに全力を尽くすはずだ。私はさらにその先 を進み、上位入賞したら何か賞品が出るのかな、などと考えていた。観戦に来た夫に「勝てそうか?」と聞かれて「多分全員負かせると思う」と自信満々に答える。

ブレーメン世界ベテラン会場
ブレーメン世界ベテラン大会会場

ところが難があると思っていたロシア人のフォアハンドが私のフォアを攻め続け、それをうまく返せないのだ。確かに難はあるが私はそれさえ打ち返せないで はないか。頼りにしていた日本人のシェ-クハンドも私の方が先にミスを出し、結果はなんと、最下位だった。
あとで夫が「勝てるといったじゃないか」と怒り狂ったが、そんなこと言われても負けたんだから仕方ない。「こんなの単なるゲームなんだからいいじゃない の」と帰りのブレーメン駅の立ち食いホットドッグをほうばりながら夫を必死になだめなければならなかった。「スポーツは参加することに意義があるんだから ね!」ッと。でもこれってホントは負けた私が慰められる立場じゃないのかね?

2日目はコンソレーションだ。
敗者復活戦のことをコンソレーションと呼ぶのも負けたグループということを忘れさせてくれてなかなか良い。ここではかろうじてハンガリーの女性を負かす ことができたためにここでの最下位はまぬかれた。 試合前に夢見た上位進出は誤算過ぎたが、はるかドイツにまで来て最下位の屈辱は避けたい。やっと負けてくれたハンガリー人に心から感謝して歩いていると、なにやらひとつのテーブルの周りを囲んで黒山の人だかりが見える(選手はどちらもヨーロッパ系女性でブロンドの髪だったから黒山ではなく金山が正しい)。

人だかりの大きさからかなり大変な問題が起きたらしい。比較的シンプルなスポーツである卓球の大会でこんな人だかりを見たのははじめてなので急遽野次馬に転向し、そのあたりにいた日本人に何が起こったのか聞いてみる。

彼女はその問題のテーブルで審判している日本人の知り合いなので、事情を知っていた。
何でもドイツ人の選手のサービスがネットをかすったので日本人の審判がレットを表明したのだが、そのときすでに勝ちポイントを上げていたドイツ人は今のは レットではない、と言い張ったということが揉め事の発端らしい。野球などでも時々選手や監督が審判に抗議するのを見るが、先の審判を翻すところは見たこと がない。卓球は速いスポーツなのでレット表明を早くしないとポイントが終わってしまうこともあるだろうが、最後は審判の言うことを聞かなかったらいったい どこに審判の意味があるのかと日本人の私は思う。

だがドイツのような他国と地続きの国で譲り合いの精神など適用したら生きていけないのかもしれない。
おとなしい日本人審判はドイツ人の剣幕に押され、どうしていいかわからないという様子で身動きが取れないでこまっている時、揉め事対処委員会のような人が やってきて事情を聞いた結果、審判の言うことに従うのが当然、とあっけなく判断を下した。問題のシーンをビデオで再現できるならともかく、それがないんだ からあたりまえだろうな。

こんなことでこんなに人だかりするのもベテランズ大会の特色かも知れない。直ちに試合は再開され、私もあとはホテルに戻るだけとひまがあったので問題の試合を最後まで見ることにした。相手はイギリス人である。
このドイツ人の気の強さはイギリスがおそれた第2次世界大戦前後のドイツの潜水艦Uボートのようだ。 それを迎え撃つおされ気味のイギリス人。

かなりの接戦で、応援する人たちも応酬するラリーを見守っている。
最終セットの中盤、ドイツ人の強打がネットを潜って相手テーブルに着地した。
そしてその時日本人審判がドイツ人にポイントを与えたのである。

一瞬の出来事で、よく見ていないとボールがネットの上を通ったのか、下を通ったのかわからないときが時々あるが、私はその瞬間を確かに見たし、見ていた多 くのイギリス人も下を通ったと審判に抗議した。このとき同じように見ていたドイツ人選手およびその応援グループは石のように静まり返っていた。

あいにくその瞬間を見逃し、先ほどの揉め事で強く主張しなかったことを大いに後悔した日本人審判はイギリス人の抗議を一蹴し、ドイツ人へのポイントを変え なかった。 第2次大戦の日独同盟の手前、当然な動きかもしれない。 イギリス側は納得できずになおも抗議しつづけたが、審判の言葉にしぶしぶ従い、試合 は続行された。

そして接戦ではあったが結局イギリス人が勝った。
頭に来たイギリス人の怒りが勝利につながったともいえるが、あの時もらってはいけない1点をもらったドイツ人の良心の呵責が相手に隙を与えたからではないかと私は思う。いずれにせよ連合国のイギリスが勝って理由もなくホッとした。

次は3年前のベテラン大会の様子を紹介したいと思います。ドイツでのベテランズ大会はうれしかった。ドイツはもちろん、ヨーロッパは私にとって初めてだったからだ。こじんまりしたホテル、こじんまりした町のたたずまい、こじんまりしたスーパーマーケット。アメリカの粗雑で大きい町や店構えに比べるとすべてが一回り小さく、日本の町を思い出させた。人の数を減らした日本みたいだった。
 
ブレーメン駅
ブレーメンの駅

2日間のシングルスのあと中1日休み、ダブルスが行われた。
ベテランズ大会で入賞を目指すか、気の知れたパートナーを持つ人は別だが、それ以外の人はダブルスの相手は主催者側に決めてもらうのが楽しい。たいていの 場合外国人をあてがってくれるのでたった2日間だが外国人とお友達になれるのだ。これもベテランズ大会の大きな魅力に是非加えたい。

スケジュール表では私のダブルスのパートナーがドイツ人になっていたのでワクワクした。ところが所定の時間にテーブルに行ってもそのドイツ人はなかなか来ない。しばらくすると主催者側がやってきて、彼女は家に帰ったという。家に帰ったってどういうことなのか?
問いただしても「家に帰った」としか言わず、埒があかないので会場の真中に備えられた事務所のようなところに駆け込み、大変な剣幕(になっていたと思う)で私のパートナーはどこだッと叫んだ。

高い金を払って遠いドイツまで来てるのにパートナーが帰ったからあなたはプレーできないなんてどんな顔して言えるんだ?えッ?このあたりで私は地を隠せないほど怒り狂っていた。第3次大戦も辞さないほど怒っていた。第2次大戦で日本とドイツは同盟国だったけどアメリカとドイツは敵対していたからこの場合はアメリカの住民として戦う以外にない。

だがたった今第3次大戦が起きたとしてもぜんぜん騒がずコーヒーで一息つけ、それから何が起きたのか考えそうなタイプのドイツ人男性が「ちょっと待ってネ。調べてみるから」とのんきなことを言う。そんな場合ではないではないかッ。もうすでにダブルスが始まってるというのにーッ。私の剣幕にほとんど反応を見せないきわめて冷静な彼にもすでにダブルスが始まった今となっては代わりのパートナーを探すことなど不可能なはずだ。

この期に及んではあんたが私のパートナーになる以外に方法はない、と詰め寄ろうとしたとき、ドアをあけて誰かが入ってくるのが見えた。しょんぼりした顔で「私のパートナーがいなくなった」というような意味のことを言っている。
私は思わず「あなたもパートナーいないの?」と問いただすと確かにそうだと言う。
こんなタイミングのいい話ってあるのだろうか?
彼女は誰かに頼まれてすごい剣幕の私をなだめるためにパートナーになりに来てくれたのではないかと思ったくらいだ。
一瞬「塞翁が馬」という言葉が頭をかすめた。

どちらにしても彼女にはパートナーはおらず、私はパートナーを探している。
私はすぐに彼女を冷静ドイツ男のところまで引っ張っていき、「この人とパートナーになっていいでしょ?」といきなり結婚相手を親に紹介するわがまま娘のように強引に引き合わせた。もとより冷静ドイツ男に文句のあるはずもない。
ウクライナから来たという新パートナーと一緒にテーブルに走っていくと、人数が足らないので我々を待っていた選手たちは快く迎えてくれた。やれやれだ。

英語がまったくといってもいいほどしゃべれないウクライナ人の私の新パートナーと、ロシア語など、ハラショーとボルシチくらいしか知らないわたしは練習の 暇も無くいきなり試合に望むことになったが、一時は参加も危ぶまれただけに、こうしてパートナーができて試合に参加できるだけでもありがたいと思いながら プレーしたことが良かったのか、誰にも勝つことを期待されなかったのが良かったのか、とにかく我々は1勝してしまった。

シングルでは勝つ予定なのに負けてしまったが、今日のダブルスでは勝つ予定では無かったのに勝ったという予想を大きく裏切った結果だ。まったく勝負はわからない。

もちろん1勝では我々は上位につけることはできないのでその日の午後に行われるコンソレーションに進む。コンソレーションを辞書で引くと敗者復活戦だが、 辞書を引かなければ何のことかわからず、なんとなく安室なみえの歌う「セレブレーション(お祝い)」にも似ているので負けたことなどすっかり忘れることが できるから不思議だ。
まるで勝ち進んで2回戦に行くような気分にさえなってくる。この言葉が気に入ってベテランズ大会に参加しつづけるという人も入るかもしれない(いないかな?)。

1時からそのコンソレーションが行われるのをパートナーと一緒に確認し、「じゃあ1時に又がんばろうね」とガッツポーズで別れる。  
1時までは2時間ほどあるが、試合を控えているので食事は控えたほうがいいだろう。会場では常に試合が行われているので、時間まで面白そうな試合を見て過ごすことにした。
確か元世界チャンピオンの伊藤繁雄氏も参加しているように聞いたので廊下に張り出されたスケジュール表をチェックし、うまい具合に日本の誇り、元世界チャンピオンの試合観戦が実現した。そこではテレビの「笑点」に出てくる落語家選手も応援しており、有名人をいっぺんにたくさん間近で見れてさらにワクワクした。これもベテランズ大会のご利益というものだ。

小型BMW
ドイツで見かけた超小型で3輪車でサン ルーフの付いたBMW

卓球名門国スウェーデンのワルドナーの少し前に活躍したアップルグレンも参加しているはずなのでこれも見逃したくない。
伊藤氏はチャンピオン時代の写真を見たことがあるが、こうして肉眼で間近に見るのは初めてである。かなり髪が若い頃に比べて薄くなっているのを除けば、ほとんど昔と同じ目、同じ顔、同じ体格だった。おなかが出ていないところが立派だと思った。

豪快なフォアハンドで相手を軽く負かした彼の試合を見終わって他に面白そうな試合を探していると、先日シングルスで対戦した日本人選手に呼び止められた。バッグから何かを出して、私に差し出した。丸いプラスティック容器に入った水羊羹だ。対戦時に時間がなかったので今渡したいという。饅頭系に目がない私は 居住地のアメリカではいつも渇望し、めったに食べる機会に恵まれないのに、日本からさらに遠いこのドイツで水羊羹にめぐり合えるなんていったい誰が想像で きるだろう。これは私が彼女に負けたのを慰めるための厚意というわけではなく、対戦相手との交流を深める意味でのプレゼント交換という習慣に倣ったも のである。

初めて参加した横浜の大会で、そのことについてまったく知らなかった私は、対戦相手が試合前に何かを配っているのを、いったい何をしているのかといぶかったことを昨日のように思いだす。私にも配られたので日本人選手にこのことを聞くと、ベテランズ大会では簡単なプレゼントを交換しあうのが慣わし、と教えてくれた。私は何も渡すことができなかったが、誰もそのことに文句も言わず、インド人対戦者からは何かの実(多分)でできたネックレスをもらい、日本人対戦者からは 携帯目覚まし時計をもらい、マレーシア人パートナーからは国の名前が入ったペナント(多分)をもらって交流の度合いがいっそう深まった気分になった。誰の考案なのか、このプレゼント交換は各国選手の交流を深めるために大いに役立っていることを考案者に是非お知らせしたい。

ではどんなプレゼントが好ましいか?
①値段が張ないもの:高いお金を払って参加するのだからさらにこのために経済的負担になるようなことは避けたい。もちろんデジタルカメラや時計など、高価なものもいただく分には一向に差し支えないので喜んでいただく。
②嵩の低いもの:開催国の住民以外は旅行バッグに最低必要なものだけを詰め込んできているはずなのでいくら素敵でもバスタオルとか何百ページもある国の案内書などは渡す方ももらう方も困るはずだ。
③食べるものは意外とOK:食べるものはそれぞれの国により好みが大きく違うので避けるべき、と思っていたが、水羊羹をもらってからは大いに結構と考えるようになった。

水羊羹がヨーロッパ人にどの程度受け入れられるか皆目検討がつかないが、確かフランスにも羊羹の「とらや」が店を構えていると聞いたので問題がないと思う。なんなら彼女のバッグの残りの水羊羹すべてを引き受けてもいい。

このブレーメン大会では1日目のシングルスが始まる前に配るのをうっかり忘れ、試合が終わった時は勝つ予定だった相手にことごとく負かされてしまったために気分すこぶる悪く、プレゼントどころではなかったことを私は思い出した。だからそのとき水羊羹をくれた彼女に私も用意していたプレゼントをあわてて差し出した。プレゼント交換は試合前にするのが望ましい。なぜなら試合の後では負けた人は怒り狂うか意気消沈して交流なんかくそくらえ!という気分になるからだ。この教訓を是非次のベテランズ大会に生かさなければならないと思う。

ちなみに私が持参したプレゼントはブッシュ大統領とクリントン前大統領の写真が入ったおもちゃの紙幣で、おもちゃとはいえ本物に迫る質で、嵩も低いし最 適、と思ったのだが、ヨーロッパにはイラク戦争をはじめたブッシュを嫌う人が多いらしいので少しでも政治のにおいのするものは良くないと同行の夫に言わ れ、配りにくくなった。これは今回の教訓にすることで許してもらおう。次はM&Mチョコレートにするからね。

もらった水羊羹は早速賞味することにした。うまい具合に1980年代に活躍し、世界選手権でも優勝したアップルグレンの試合が始まりそうなので水羊羹を手に眺めのいい観戦場所の確保に急いだ。彼はこの大会でも一番の人気で、多くの人たちが彼の試合の周りを囲んだ。一緒に写真をとりたがり、サインを頼む人たちも多いので試合はなかなか始まらなかったが、誰も文句ひとつ言わず辛抱強く待っている。
彼は横浜大会にも参加し、優勝したと思うが、その時私は彼を知らなかった。そのときもたくさんの人が彼の試合を人目見ようと押しかけていたようで、女性からは「かわいい」、「素敵」などの言葉が聞こえてきていたが、彼を知らなかった私は「どこが?」と不思議に思ったのを覚えている。その後、彼が80年代に世界選手権シングルスで優勝した時の試合ビデオを見たとき、どんなスマッシュも後方から打ち返す彼の軽くカーブしたショートヘアーを確かにかわいいと思った。
いよいよダブルスの次の試合の時間が近づいてきたので指定のテーブルに向かった。相手の日本人選手はすでに待っており、時間を見ると1時を少し過ぎていた。  

私のパートナーがまだ姿を見せないのでしばらく練習をしたが、20分してもまだこないので相手選手は不戦勝にしてほしいと言い出す。 私はもう来るから後少し待ってほしいと頼み込んで後10分ほど待ってもらったが、いったいどうしたのか、彼女の影も形も見えない。相手チームはついに痺れを切らし、近くにいた試合運営管理人(のような人)にその旨を伝え、さっさと引き上げていった。

残された私は、戦わずして最後の試合が終わり、唖然としているうちに全試合が終了ということなった。実にあっけない結末となったが、一時はパートナー もなく1戦もせずに終わっていたかも知れないことを考えるとここまでこれただけでもありがたい、と考えるべきだろう。でもいったい彼女はどこに消えてし まったのか?いまだに謎である。最後の日は全種目の準決勝から決勝までが行われたので観戦した。

アップルグレンは準決勝でイギリス人に負けるという番狂わせがあったが、見ごたえのある試合で、こういうレベルもこのベテランズ大会にはあるのが救いだ。人に説明するときに、こういうレベルに特に力を入れてベテランズ大会の参加選手全員がうまいかのような印象をあたえるようにもっていくことにしよう。

そんなレベルの大会にそんなレベルのあなたがどうやって参加できたの?などと質問するやつがいたらすぐさま話題を変えてもよい。
実はこのベテランズ大会は誰でも参加できるので下手な私も腰痛と老眼に苦しみながらも参加を果たすことができたことを白状しよう。
今では次の大会のために練習と貯金にこれ励むことが熟年を迎えた私の大きな楽しみになってしまった。

フミ クリステンセン







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