Vol.1 アメリカ フミ・クリステンセンさん


はじめまして。
卓球人口の少ないアメリカで今卓球にハマッてるフミ クリステンセンです。

今から20年以上も前のこと、たまには卓球でもしてみたい、といろんな人に聞いてまわったことがありますが、皆口をそろえるように「知らない」と答え、中にはラケットボールと勘違いして「壁さえあればできるスポーツよね」と言う人さえいました。サッカーや野球、バスケットボールを観たたことがないという人はまずいないのと同じように卓球を観たことがある、という人もどうやら殆どいないようで、がっかりしたけどアメリカで卓球できると期待してたわけでもないのでそのうち忘れてしまったのです。

ところが今から18年ほど前のある日、「卓球する人探してます」、という新聞記事が目にとまり、連絡してみると、どうやら15歳になる息子さんが1年ほど前から家で卓球をはじめ、翌年あたりのオリンピック出場目指して合宿に参加しているが、そこは車で約2時間かかるので合宿が終わったら家で卓球する相手を探している、ということでした。私はびっくりしましたね。 初めて1年くらいしか経ってないのにオリンピック出場を近い目標の範囲内に持っていけるなんて日本ではまずないでしょうからね。ひょっとするとアメリカの卓球人口というのは10人くらいで、オリンピックに出場する選手の頭数さえちゃんと集っていないのかもしれないと思ったほどです。

丁度その日はその息子さんを週末休みのため合宿所まで迎えに行くところだったというので私も一緒に連れて行っていただきました。 着いたところは日本ではごく普通の、卓球台が10台ほどの卓球場でしたが、アメリカにも卓球場があったということが分かっただけでも収穫というものです。 オリンピック候補の息子さんの腕はというと、卓球をはじめて3年というおじいちゃんとの試合に夢中になり、しかも苦戦していたのですっかりチェックし忘れてしまいました。

その頃私の息子はまだ1歳足らず、「ちょっと行ってくるから留守番してるように」、というわけにいかない年齢のため、卓球はあれっきりになってしまいました。其の後、その息子さんがオリンピックチームに選ばれたという話も聞かないので選考されなかったようです、どうやら。

そして今から3年前、やっと、あの時小さかった息子も手が離れると、急に18年前に行った卓球場にもう一度行ってみたくなったのです。 一度しか行かなかったあの卓球場が、かれこれ15年間のブランクの間にも記憶として留まってくれており、50を過ぎて自分の意志とは関係なく目が衰え、腰が傷み、体力が激減していくのをなすすべもなく傍観していたある日、思い出したのです。あの時試合の相手をしてくれたおじいちゃんのバックハンドを返せなかったもどかしさ、負けたけど、アメリカ生活の今まで出したことのない大量の汗、ひょっとしたらそれらは若いときだけの特権ではないかもしれない、と思いついたのです。

あのときの卓球場はすでになくなっており、その代り卓球同好会の世話役という人に行き当たりました。彼は「来てくれてもいいけど、サンタローザ(私の住む町)にも2年程前に出来たから電話してみたら?」というではありませんか。
それ以来私はサンタローザの卓球クラブに殆ど毎月曜日、通っています。

そんなわけで、これからも時々お便りを書かせていただきますが、次は私が通う卓球クラブを紹介させていただきます。
ヨロシーク
                                                                                    

フミ クリステンセン
 







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